
キネマ旬報社から日本映画史を代表する女優の軌跡『原節子』が発売された。女優を引退して今年でちょうど50年、ということである。以来、まったく公の場に姿を現していないためか、彼女の存在は年々伝説化・神格化される一方のようだ。個人的には特に思い入れのある女優というわけではないのだが、やはり綺麗だし銀幕に現れると他を圧倒するような華やかさがあると思う。
代表作である『安城家の舞踏會』、『青い山脈』や『東京物語』の印象が強いためか、原節子を見ると日本女性の自己主張と失われた謙譲心ということを考えずにはいられない。前2作は、戦後新しい時代に向かう中、封建的因習に反撥して自由を訴え自分の意見をはっきり言える女性像、後作は当時すでに失われつつあったであろう、まずは他人に不快な思いをさせないというどこまでも控え目な女性像である。相反しながらも、どちらも原節子を象徴するイメージだ。どちらがいいか悪いかは私には何とも言えない。映画はどちらの原節子も美しく魅力的に描いている。しかし、彼女が銀幕から消えて50年が過ぎた今、後者のタイプはほぼこの世から消え失せた。現代社会が、目先の損得だけを美徳として人々に価値観を植付けたからである。原節子の自己主張はバランスが取れていたが、今はまったくそうじゃないということは、日々起こるニュースや我々の日常が的確に伝えてくれている。
2012/04/30(月) 02:14:00 | 未分類 |
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レヴォンヘルムの追悼の意を込めてTHE BANDを聴き続けている。私が思うに、このバンドはリアルタイムで接していないと大変わかり辛いのではないかと考える。音楽に限らず過去の作品に接するには、時代背景などの考慮が絶対に必要だが、元々ルーツを引用するスタイルを持つこのバンドなどは「ただの昔のイカしたバンド」と簡単に解釈するわけにはいかない。当時、この土臭さがなぜにどれだけ新鮮であったかは、例え想像はできたとしても、特に私達より下の世代にはなかなか実感が湧いてこないだろうと思う。そしてこのバンドの音楽は、これを聴いている私自身のルーツというものをも考える機会を与えてくれるのである。自分のルーツはどこにあるのか? しかし、伝統音楽と断絶された今の日本人が、体に染みついたビートや旋律などあるはずもないことに何れ気付くのである。せいぜい私たちのルーツは、ごった煮の節操ない歌謡曲くらいなものではなかろうか。いや、歌い継がれてきたという意味では唱歌なのかも知れない。
THE BANDからの流れで、MP3が大嫌いなニールヤングも久々に最近よく聴いている。2009年に出た最初のソロ4作リマスターもようやく購入した。「On The Beach」と「Tonight's The Night」をツインピークスとしたとしても、この最初の4作は私にとって忘れ難い名盤である。どれだけ聴いたか分からない。今もまだまだ創作意欲が劣らないニールは、近日アメリカンフォークのルーツを辿ったというクレイジーホースとの新作も発売するそうなので、それはそれは楽しみである。
THE BANDもニールヤングもルーツミュージックの焼き直しで終わっていないことだけは、若いファンも必ず認識しておいてほしいと思う。素晴らしい音楽とは、過去への敬意と革新精神を忘れないことなのである。
2012/04/27(金) 02:59:29 | 未分類 |
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今期のユナイテッドは非常にストレスの溜まる展開を繰り返している。明らかな緩みから、降格圏にいるブラックバーンやウィガンから勝ち点を落とし、今期最も重要だと思われる試合である先日のエバートン戦も、4×2でリードしておきながら終了直前で追いつかれる失態を犯している。2点のリードとなったため、ピッチの特にDFの阿保どもは勝利を確信したのか知らないが、とてもプロとは思えないような許し難い緩み方で残り十数分を対応した。第三者から見れば、優勝を争うマンチェスター2チームによる次のダービーが面白くなっただけであろうが、私は冷静に予想してユナイテッドの優勝が「厳しくなった」と見ているし、終わったな、とも思っている。今期のシティーの力をナメちゃいけない。全体のチーム力も出てきているし、シルバは私にとって今期プレミアリーグのMVPである。
CLやELでもユナイテッドは同じ過ちを犯し、グループステージで早々に実にあっけなく敗退している。試合に勝つためには様々な要素が必要であるけれども、やはり意欲や気力が最後には大変大きくものをいう。ユナイテッドに勝ったビルバオを見ても、先日バルサに勝ったチェルシーを見てもそれは明らかである。ここ数年のユナイテッドの最大のライバルであったため、私はチェルシーのことが大嫌いなのだが、ボロボロになりながら必死でリベンジした先日のバルサ戦二試合は賞賛する。決勝に向けて多くの出場停止選手を生む代償をも恐れず、戦い抜いたのである。ディマッテオは試合後「情熱の塊」と選手達を讃えた。そういうチームが勝ち上がるのが一番正しい。チェルシーもバイエルンもそういう戦いをしたのだ。ユナイテッドの、特に若手たちも肝に命じておけ。バカ。
2012/04/24(火) 23:54:05 | 未分類 |
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久々に実家のある六郷へ。いつでも春先に行くと、雑草何某によって私のアレルギー症状が激しく勃発するのだが、本日は小雨という大変いい天気なのでまったく大丈夫。いつも感じる目や喉の痒みは起こらなかった。私はこの街を散歩するのが大好きである。どの風景も見慣れた懐かしさ溢れる情景であるばかりでなく、都内でも川や草の匂いを感じ取れる数少ない場であるからだ。特にこんな小雨の降る日は、河川敷の風景も霧に霞んでいつも以上に美しく見える。雨に煙るひと気のない河川敷は、まるで理想郷であるかのようなふんわりとした感覚を与えてくれるのである。これは郷愁というものに似た感覚なのかもしれないと思う。実家の裏手にある北野神社では、晴れていたら鬱陶しいくらいであろう鮮やか過ぎる紅梅が静かに佇んでいる。この神社は私の幼い頃の遊び場であった。境内が公園になっていたのである。この敷地のそこら中に、自分自身の幼いはしゃいだ声が記録されているようだ。土を返せば何か出てきそうなほどである。
散歩途中に中学の同級生だった小笠原くんの家の前を通ったので、ふと気まぐれに玄関先の表札を覗いて見ると、センスの悪いポップ書体のローマ字で「OGASAWARA」とあった。私の実家から二百メートルほどの距離である。私はロスオリンピックの中継をこの家のTVで見た記憶がある。30年近く前の話である。ちなみに私は彼のことを「小笠原くん」と呼んだことは一度も無い。彼はキャラクターとして、皆に手荒く扱われるタイプの男であった。基本的にウザいからである。決していじめられっ子ではない。どんなに皆にウザがられても本気で嫌われる要素は彼には無かった。例えば、鬱陶しいのでこちらが無視したとしても、本人はまったく気付かないのが常なのだ。私と彼は年がら年中一緒に居て喧嘩ばかりしていたが、本気で闘えばまず腕力では敵わなかったのである。彼は無駄に剣道だか合気道だかで身体を鍛えていた。家が近いせいもあり、高校を卒業しても彼はよく私をドライブに誘った。釣り道具を車に積んで山中湖まで行くのである。私は毎回あからさまに嫌な顔をしつつも、暇だから付き合った。そして、車内でかけるカセットテープは、何故か決まって高橋幸宏か織田哲郎であった。どうゆう趣味かよくわからないが、私はせめて幸宏にしといてくれと頼んだ。彼のことを考えると、青春の美しさなどよりは彼の鬱陶しさばかりがつい昨日のことのように思い出される訳である。
2012/03/30(金) 02:19:22 | 未分類 |
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先日、車でラジオを聴いていたら、ラジの『冬の肖像』が突然流れてきて大変懐かしかった。私は赤坂の路肩に車を止めて、懐かしさのあまりじっくりと聴いたのである。ヴォーカルもクセがなくていい。この曲が収録されている『LOVE HEART』という1978年のアルバムが私は当時大好きだった。このサウンドは、当時いわゆるシティポップと呼ばれた日本独自の流行に属するもののひとつであると思われるが、私にとっては本当の意味での日本の歌謡曲の最発展形ではないかと思っている。打ち込み以前だが、概念としてパンクやニューウェーヴは確実に意識されていた過渡期の音楽。とにかく、以来全く聴いていなかったので、ラジの最初の二枚を購入してみたのである。これを聴いていたら、浮かぶ浮かぶ、当時の風景、当時の身近な人々の顔、当時の匂い…。バスから眺めた夜の東京の風景。青と緑のネオン。完全にフラッシュバックだ。音楽は不思議である。
まったく同時代のアーティストで茶木みやこというシンガーソングライターがいたが、この人の歌でも似たようなフラッシュバックを体験した。先日からスカパーで偶々放映されていた、彼女がエンディングを歌った『横溝正史シリーズ』を見てのことである。当時リアルで見ていた頃、子供だった私はこのドラマが怖くて怖くてしょうがなかった。家の前の道は街灯もなく真っ暗で(東京23区であるにもかかわらず!)、帰りが遅くなるとここを全速力で駆け抜けたものである。正直、今でも怖いものは苦手だ。自分の意思に反して、とにかく妄想がエスカレートしてしまうのである。自分ながら病的と思うほどに。ちなみに茶木みやこというアーティストは、シティポップというよりはフォークよりの人だと思われる。確かソロの前にピンクピクルスというフォークデュオを組んでいたはず。こうして70年代の二度と戻らない景色を思い出すと、東京で生まれ育った私にも郷愁というものが分かるような気がするのである。
2012/03/09(金) 02:49:58 | 未分類 |
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四十を過ぎると身体にガタが来るとはよく聞く話であるが、ここのところ私自身もそれを実感している。私の運動不足は甚だしく、あまりに日常体を動かさないので、毎夜体操だけは欠かさず続けていたのである。体操と言っても、それはラジオ体操の60%程度のものだ。ところが、先日このクソ体操が原因で腰を痛めてしまい、散々な目にあったのである。軽いぎっくり腰で、腰が容易に動かせず歩くのも痛くてままならない。私はこの症状をぐっきり腰と呼んでいたが、家で寝ているほどの重症でもなく、微妙に生活に支障をきたしてくれたのである。そんな時に限って、私の取引先の調子のいいオバハン共は「この前ぎっくり腰になっちゃって。すいませんけどついでにこの額、ここの壁に掛けてくださる?」と言って私を困らすのである。先に腰のこと言われたら「実は私も…」とは言い辛いではないか。「何がついでにだ。絶対に俺のが痛いに決まってる」と心の中で呟きながら、渋々ありったけの勇気と力を降り注いで対応してあげるのである。ホントにぎっくり腰になったらどうしてくれるんだ。というわけで、私の体操の日課は現在しばし中断中である。
そしてまた、内臓の方も劣化しているのか、食事の量も大分減ってしまってきている。この歳で高校生のようにモリモリ食べれるわけもないが、ラーメンにチャーハン、カツ丼に蕎麦を付けるくらいのたくましさはせめて保っておきたいものである。つい先日まで牛丼の大盛くらいはイケてたのに…。今の私には全然まったく無理な量だ。増えるのは酒の量ばかり。たまには高峰秀子みたいに、がっついてデカいオニギリを二つ三つ軽く平らげたいものである。
2012/03/04(日) 01:34:36 | 未分類 |
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ここのところ私は将棋に夢中になる余り、夜眠るとき頭の中に将棋の駒が駆け巡る。どんなに忘れようとしても、ふとした隙にあの五角形が何度も何度も現れて私を不眠に陥れるのである。私は元々ゲームが大嫌いだが、一度ハマってしまうとなかなか脱け出せなくなるという自分の性格も自覚している。このiPadの将棋にしてもCPU相手にムキになり、一度負けでもしたら二度は勝たないと気が済まない。よってその性格的にもゲームを今まで避けて生きてきた訳で、私のゲーム経験は最初のTVゲーム世代でありながらもせいぜいファミコンまでと貧弱なものである。だからと言って何のプラスにもならない時間の無駄をゲームなんかによって過ごしたくはないのである。将棋をさすのは井伏鱒二チックで趣味としては悪くないが、ここまで頭の中を支配されると何だか嫌なものだ。しかし、これを回避するには、くだらない負けず嫌いのこの性格を治すしか無さそうである。しかし、負けず嫌いは、この負けず嫌いが自分から無くなったら自分が負けたような気がするものなのだ。莫迦は死んでも治らないとは、こうした事象に由来するものと思われる。
それにしてもゲーム界の進化は著しい。90年代に私はゲームが音楽や映画と同じような表現手段として発展するであろうと予言していたが、まさにその通り、下手すれば音楽や映画以上の商業マーケットとして拡大している。偶にどこかで最近のゲームを目にすると、まるでハリウッド映画のようで、いったいどこからコントロールがスタートするのかもよく分からない程である。ストーリーやルールを把握するだけも物臭な私などはウンザリしてしまう。あれじゃ引き籠ってしまうよ、と思いつつも、単純な将棋如きで頭の中を支配されている私には何も言えない。ハマったら私も間違いなく引き籠るであろうからである。ゲームに出てくる女の子と温泉に行くという若者を以前ニュースで見たことがあるが、自分自身が旅館の布団でゲーム機と添寝をしていることを想像すると虚しさの余り死にたくなる。
2012/01/30(月) 01:48:18 | 未分類 |
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今更ながらdakota suiteにハマっている。スローコアと呼ばれるものに特別興味はなかったのだが、近年の特に昨年のリリースラッシュの内容は素晴らしいと感じたのである。このバンドは元々いろんなスタイルを持つが、私が好きなのはインストゥルメンタルもので、 karaoke kalkから出た『the hearts of empty』は特にいいと感じた。これはDakota Suiteとしては、中心人物のChris HoosonではなくDavid Buxton主導で制作されているため、ある意味イレギュラーな作品であると思われるが、ジャジー且瞑想的な雰囲気はたまらない。なお、すべての楽曲をDavid Buxtonが作曲し、ピアノ、ダブルベース、ドラムを演奏している。dakotaのメンバーであることは確かだが、彼に関するその他の情報を私は知らない。
ケイト・ブッシュの新作は『50 WORDS FOR SNOW』のタイトルで雪をテーマに昨年末発表された。6年ぶりのオリジナル・アルバムとのことだ。5月に出たリメイクアルバムはどうにも不完全燃焼だった為、不安と期待の入り交じる思いで迎えたが、これは大変正解であったのである。この人のことだから恐らく相当時間は掛けられているだろうが、弾き語りに近い肌触りのシンプルな音作りで、コンセプトもあってか非常に切ないマイナーチューンが並んでいる。要するに2011年の最もしっくり来る音作りが成されていると感じたのである。こんなに悲しすぎて心地いい音楽はない。
TBAはmonikaからNatalie Beridze名義で『Forgetfulness』を昨年3月に発表している。エレクトロニカとカテゴライズされるものの中では息長くクオリティー高い作品を作り続けているものである。この人の作るリズムトラックは本当に素晴らしい。リズムと音色だけで充分聴けてしまいます。私には元々何も情報無かったので、ちょっと驚いたのはサカモッちゃんの参加である。流石つまみ食いのアンテナが優れている。
こう並べると去年はいい音楽が出て来ている、という印象である。国内でもムーンライダーズやかまってちゃん、hosonovaなど傑作が多かった。311の影響も少なからずだが、ちゃんと時代に見合ったものをキャッチ出来るのは重要であると思う。チャートを賑わせているのはアイドルグッズであり、最早音楽ではない。
2012/01/24(火) 01:58:55 | 未分類 |
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私の周りでは、最近大変屈託した表情のうつ病予備群とも呼べるような元気の無い人々が蔓延している。これは異常なまでの景気の落ち込みによるものと、それに伴う将来への不安が主なる原因であるようだ。それに加えて、原発や地震への不安がジワジワと現実的な恐怖となって我々の運命を脅かしているのである。暗い顔をしていても明るい話はやって来ませんよ、と言ってはみるものの、やはり私自身もそうそう楽観的でいることも出来ない。それらの問題はこの日本にいる以上、誰にとっても現在進行形の問題として降り掛かっている筈だからである。私も試しにネットで「うつ病チェック」を行ってみると、どこのサイトでも決まって、重症です、薬物療法をお勧めします、と診断されてしまう。まったくなんてことだ、と思いつつも、実際目が覚めてTVをつけて第一声出てくるのは溜息ばかりなのである。そこには311症候群というだけでは済まされない、人生に対する圧力のような様々な問題が内在されているようだ。
とある年配男性は、いよいよ商売がダメだとのことで自棄っぱちに昼間から焼酎を飲んでいる。訪れた私もそんな酒に付き合うのは遠慮したいので下戸を装いタバコを吸っていると、せめて何かもてなしたいと考えたのか散々ゴソゴソと室内を物色した挙句、埃だらけのみかんを差し出してきたのである。私は瑞々しさを最早失ってしまった果物を頬張りながら、解決の糸口の全く見えない暗い話を聞かされた訳である。彼は何度も何度も「俺はうつ病だ」と豪語していたが、少なくとも借金の問題さえ解消されればけろっと女の話でも始めるに違いない。原因のはっきりしている彼の状態は、とてもうつ病と呼べるようなものではないと思うからである。しかし、誰にでもどうにもならず眠れない夜があるということには違いない。
2012/01/16(月) 01:58:50 | 未分類 |
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〈回顧一ヶ年〉
1. 今年の自分 2. 最も感銘深かったもの 3. 感想など
今年の自分に満足しているわけではないが、特に不満という様なことも無い。日々の思案は、日々消えていくので、一年を通しての感想といったものはありません。健康を保てたことは良かったと思う。
〈2012年に実行したきこと〉
実行したきことを常に目の前に置いておきたいものである。ひとまずは本やCDなどの整理。
〈1.あなたは近頃何かお探しものはありませんか。2.あなたは近頃何か身辺に御不自由なものはありませんか〉
探している物を忘れます。不自由であることは常に忘れようとしています。
〈現在、欲しいもの。現在、いらないもの〉
回答1、2
1. 導師。 2. 何故か欲しいものより、いらないものを選ぶほうが悩みます。
〈最近、見たもの、読んだもの、聴いたもの〉
回答1、2、3
1. 高峰秀子の映画を追悼特集により、数十本見ました。彼女の存在感は言わずもがな、その時代に生きる人々のモラルに改めて感銘を受けました。あと、スコセッシのジョージハリスンも良かったと思います。
2. ここ二ヶ月くらい本を読んでおりません。読みかけは花袋をはじめ、何冊かあります。
3. 映画の影響で、ジョージの『All Things Must Pass』を最近よく聴きます。「いい」としか表現できない自分がイヤになります。何故、これを創り得たのか!!
〈予想さるる日本音楽2012〉
かまってちゃんに期待します。
2011/12/31(土) 23:13:06 | 未分類 |
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